39歳、シングルマザーになった時。私は矛盾した2つの欲求を抱えていました。「子どもの側で仕事したい」。でも「収入も上げたい」。その矛盾を解くために、私は20代からの熱い思いを形にすることにしました。Web制作学習です。あの決断から5年。今、私はWebディレクターとして会社で働きながら、同時に自分でメディアを立ち上げて収益を生んでいます。その道のりは、試行錯誤の連続でした。
「子どもの側で」と「収入も上げたい」の矛盾
こんな悩み、ありませんか?シングルマザーになった時、私が抱えていた矛盾です。子どもたちの成長を見守りたい。でも、経済的な不安もある。年収も上げたい。その両立は、本当に可能なのか。多くのシングルマザーが直面する、この矛盾。実は、その矛盾を解くのは「どんな仕事を選ぶか」という、たった一つの決断かもしれません。
20代からの「Web制作への熱」が動く
そもそもの始まり
20代の頃、私は通販サイトを作りたいと思っていました。その時代、Amazonはまだ世の中に知られていません。「ホームページビルダー」を買ってきて、実際に物を販売した経験もあります。つまり、Web制作に対する抵抗感は、もともとなかったんです。
ノーコードツールの限界
数年経って、WixやStudio、Canvaなど、誰でも簡単にWebサイトが作れるプラットフォームが増えました。試してみました。でも気づいたんです。「自分が本当に思うようなデザインができない」と。そこで決めました。1から学ぼう、と。
39歳の決断:Web制作学習を始める
コロナ禍の中での半年オンライン学習
離婚から1年後。39歳の時。丁度、コロナが世の中を襲っていました。オンライン学習はこの時代、最適なツールでした。子どもたちが学校から帰ってくるまでの時間で、私はオンラインスクールの課程に向き合いました。半年間。その間、子どもの側にいながら、新しいスキルを身につけることができました。
「子どもの側で仕事したい」という欲求と、「新しいスキルを身につけたい」という欲求が、初めて両立したんです。
その学習は、単なる「スキル習得」ではなく、「自分にもできるかもしれない」という自信を、少しずつ生み出していきました。
フリーランス時代:オンラインサロンでの営業戦略
卒業後、すぐに案件獲得
スクール卒業後、私はすぐにフリーランスとして案件を探しました。ターゲットは、副業専門のオンラインサロンに集まる人たち。「Webサイト制作を売り込む」という戦略です。理由は、その人たちが「自分のビジネスのためにWebサイトが欲しいけど、どうやって作ったらいいのか、わからない」という課題を抱えていたから。
試行錯誤のフリーランス生活
案件は増えました。でも、その中で違和感も感じ始めました。「なぜ、こういう構成なのか」「なぜ、このデザインなのか」という根拠。フリーランスの時代は、その根拠を深く考えずに「お客さんが言ったこと」を形にしていたんです。
2年目の課題:LP制作で挫折、そしてマーケティング学習へ
LP制作での挫折
2年目。LP制作の案件が増え始めました。でも、同時に課題にぶつかりました。「このLPのコンバージョン率が低い理由は何か」「情報をどの順番に配置したらいいか」「どうやってユーザーの心を動かすのか」。つまり、「デザイン」ではなく「情報設計」の根拠が、わかっていなかったんです。
マーケティングを学ぶ決断
そこで気づきました。Web制作のスキルだけでは、良い成果は生まれないんだ。マーケティング的思考が必要なんだ。つまり、「なぜ、こうするのか」という根拠を組み立てる力が必要なんだ。39歳で一度Web制作を学んだ私が、40歳を超えて、またマーケティングを学ぶことになりました。年齢なんて関係ない。課題に直面した時に、学べる環境があれば、それでいいんだ。そう気づきました。
マーケティング会社での業務委託:1年間の深い学び
実務を通じた学習
マーケティングを学んだ後、私はマーケティング会社で業務委託として働かせてもらいました。期間は1年間。その間、私が学んだのは「理論」ではなく「実務」。クライアントの課題に向き合い、データを分析し、戦略を立てる。その経験が、私の「ディレクション思考」の基礎になっていったんです。
「Web制作者」から「ディレクター」への転換
この1年間で、私の職業のアイデンティティが変わりました。「Webサイトを作る人」ではなく、「ユーザーの課題を解いて、戦略を立てる人」になったんです。
出産を経て、正社員へ:「安定」と「自分の可能性」の両立
出産という転機
マーケティング会社での業務委託を経て、新たな局面が訪れました。出産です。シングルマザーから、新しい家族を持つことになりました。同時に、気づいたんです。「フリーランスの不安定さは、もう必要ない」と。
「安定した収入」を求めて、正社員へ
出産を機に、在宅ディレクターとして正社員になることを決めました。理由は、シンプル。「安定した収入が欲しい」。年収400万から上がった今だからこそ、その「安定」の大切さが、骨身にしみてわかっていました。
でも、同時に「自分の可能性を試したい」という欲求は消えない
正社員になって、安定を手に入れました。でも、「子どもの側で、自分のビジネスも立ち上げたい」という欲求は、相変わらず。そこから、このメディア「OKANOUENIWA(丘の上の庭)」が始まったんです。
現在:Webディレクター+メディアで収益化
正社員ディレクターの仕事
今、私は会社でWebディレクターをしています。リモート勤務。子どもたちの成長を見守りながら、仕事の質を落とさない。その「両立」が、実は可能なんだと、今、実感しています。
同時に、メディアで収益化
そして、同時にこのメディアを立ち上げ、アフィリエイト、有料コース、コンサルティングを通じて、自分で収益を生んでいます。つまり、「安定した給与」+「自分で生み出す収入」という形で、経済的な自由も手に入れ始めたんです。
「試行錯誤」が、キャリアを形作った
ステップアップは、一直線ではない
Web制作 → フリーランス → 課題に直面 → マーケティング学習 → 業務委託 → 正社員化 → メディア立ち上げ。この流れは、決して「計画通り」ではありません。むしろ「課題に直面する → 学ぶ → 転換する」という試行錯誤の連続です。
その試行錯誤が、実は最高の「キャリア設計」だった
「子どもの側で仕事したい」という欲求があったから、Web制作を学んだ。フリーランスで課題に直面したから、マーケティングを学んだ。出産という人生の転機があったから、正社員を選んだ。そして今、自分でメディアを立ち上げている。つまり、「完璧な計画」ではなく、「今の課題に向き合うこと」「その時々で学ぶこと」「必要に応じて転換すること」。その積み重ねが、私のキャリアを作ってくれたんです。
限られた環境は、実は「最高の教材」
シングルマザーだったからこそ
もし、私が経済的に恵まれていたら、Web制作を学ぼうと思ったでしょうか。おそらく、ノーコードツールで適当に何か作って、満足していたかもしれません。でも「子どもの側で、でも収入も上げたい」という制約条件があったから、「自分で学ぶしかない」という状況に追い込まれました。そして、その追い込まれた中で、初めて「本気で学ぶ」ことができたんです。
年齢も、制約条件ではなく、武器になった
39歳でWeb制作を学び、40歳でマーケティングを学び、41歳で正社員化し、42歳で出産。その間、メディアも立ち上げました。「もう遅い」と思ってる人も多いでしょう。でも、私の経験では「遅さ」も「武器」になるんです。なぜなら、人生経験がある分、「課題の本質」が見えやすいから。
これからの展望
「安定」と「可能性」の両立を実現する
今、私は「安定した給与」と「自分で生み出す収入」の両立を実現しています。この形態が、シングルマザーだった時代の「矛盾した欲求」の最高の解答だと感じています。
同時に、この経験を発信し続ける
このメディアを通じて「限られた環境で、どう自分の可能性を試すのか」という問いに、私は向き合い続けたいと思っています。年収が限定的でも。時間がなくても。その中で「何を選ぶか」という問い立てが、あなたのキャリアも、人生も、豊かにするんだと思うから。
まとめ:「試行錯誤」こそが、最高のキャリア戦略
シングルマザーになった時、「子どもの側で仕事したい」という欲求から始まったWeb制作学習。あの決断から5年。その間、フリーランス、マーケティング学習、業務委託、正社員化、メディア立ち上げ。その試行錯誤の全てが、今の私のキャリアを作ってくれました。完璧な計画なんて、いらないんです。今の課題に向き合い、学び、転換する。その繰り返しが、人生を豊かにするんです。あなたの環境で、今、何を選びますか?その選択が、5年後のあなたを作ります。


コメント