孤独を感じた時、本屋でそっと手に取る雑誌がありました。『haru_mi(ハルミ)』。栗原はるみが料理と暮らしの提案をしていた雑誌です。その雑誌は、私に「未来の自分」を想像させてくれました。そして、穏やかなエネルギーで、心を灯してくれました。シングルマザーだった時代。限られた環境の中で、私が何度も手に取った、その一冊の雑誌。今、OKANOUENIWA(丘の上の庭)という名前で、私たちのメディアを立ち上げた時、気づいたんです。私は『haru_mi』の精神を、ずっと継いでいたんだ、ということに。
本屋で見かけたら、必ず買う
20代の頃から、私は『haru_mi』が好きでした。ターゲットは50代くらい。でも、私は「これだ」と思ったら、必ず買いました。毎月の雑誌ではなく、季節ごと。だから「この号、大事」という感覚で、本屋で見かけた時に手に取ったんです。
それは「ときめく選択」そのものでした。つまり、『haru_mi』を買う行為は、私が「何をときめくか」を示していたんです。
「レシピが多すぎて、選べない」という喜び
『haru_mi』を開くと、レシピがたくさんありました。でも、「どれを選ぼう」と悩むのではなく、「全部、いい」と感じていたんです。だから、切り抜いて、保管していました。
実は、その行為が「完璧なレシピを選ぶ」ことではなく、「自分たちがときめく」ものを集める行為だったんだと、後になって気づきました。
シングルマザー時代の「光」
孤独を感じた時に
38歳、シングルマザーになった時。孤独を感じることがありました。年収400万。時間もない。子どもたちの未来も不安。そんな時、本屋で『haru_mi』を見かけたら、そっと手に取りました。
その行為は「雑誌を買う」ことではなく、「心を灯す光をもらう」ことだったんだと思います。
未来の自分を想像させてくれた
『haru_mi』のページをめくると、栗原はるみの世界が広がっていました。料理、インテリア、家族との時間。そこに描かれていた「暮らし」を見ていると、「あ、こういう人生もあるんだ」と感じました。
つまり、その雑誌は「今の困難な環境」から、「未来の可能性」へ、私の視線を移してくれたんです。
穏やかなエネルギーが、心を満たした
『haru_mi』が与えてくれたのは、「エネルギッシュな指示」ではなく、「穏やかなエネルギー」でした。つまり、「完璧を目指す」のではなく、「今、ここで、できることをしよう」という、そっとした励ましのようなものでした。
限られた環境の中で、その「穏やかなエネルギー」だからこそ、心が灯ったんです。
「はるみさんのような人になりたい」という憧れ
その時代、私は「栗原はるみのような人になりたい」と思っていました。でも、その「なりたい」の本質は、「彼女のレシピを真似する」ことではなく、「彼女のような『選択』ができる人になりたい」ということだったんだと、今、気づいています。
つまり、『haru_mi』が示していたのは「人生の選択肢」でした。
『haru_mi』の本当の役割
『haru_mi』は「料理の提案」ではなく、「生き方の提案」でした。25年間、計100号を発行し続けた理由は、ただレシピを発表するためではなく、「穏やかなエネルギーで、人生を照らす」ことだったんだと思います。
栗原はるみは、そっと、穏やかに、読者に「こんな選択もあるよ」と示してくれていたんです。完璧さを求めるのではなく。
現在:その精神を継ぐOKANOUENIWA
『haru_mi』の次の進化形
栗原はるみが「料理と暮らしの提案」をしていたように、私は「自分たちの選択から生まれた暮らしの記録」をしています。つまり、『haru_mi』の精神を継ぎながら、「次の段階」へ進んだ形だと感じています。
同じ環境の人へのメッセージ
限られた環境で生きている人へ。孤独を感じている人へ。「こんな人生、本当に可能なのか」と疑っている人へ。
OKANOUENIWA(丘の上の庭)は、『haru_mi』のような、穏やかなエネルギーで、あなたの心を灯したいと思っています。完璧さではなく、「自分たちが選んだ」という感覚。その「選択」の積み重ねが、人生を豊かにするんだということを。
まとめ:「光」を受け継ぐ
本屋で見かけたら、必ず買う。レシピが多すぎて選べない。そっと心が灯る。未来の自分を想像する。穏やかなエネルギーに包まれる。
『haru_mi』が与えてくれたのは、そうした「小さな光」でした。その光は、シングルマザー時代の孤独な瞬間を照らしてくれました。そして、今、私たちがこのメディアを立ち上げた時、気づいたんです。その「光」は、ずっと続いていたんだ、ということに。
『haru_mi』という雑誌は、休刊になりました。でも、その精神は、ここに生きています。穏やかなエネルギーで、あなたの心を灯すために。


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